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キューバの基本情報

国名

キューバ

正式国名

キューバ共和国 Republica de Cuba

面積

約11万1000km2(日本の本州の約2分の1) 

人口

1122万1060人(2017年)。ハバナ市に約220万人が住む首都集中型。

首都

ラ・アバーナ(ハバナ)La Habana

元首

ミゲル・ディアスカネル国家評議会議長
Miguel Diaz-Canel
2018年4月にラウル・カストロ・ルスの推薦により後任となる。

政体

共和制(社会主義)

民族構成

ヨーロッパ系25%、混血50%、アフリカ系25%(推定)。世界のなかでも人種差別のない国として知られている。

宗教

カトリックとアフリカ宗教が中心。無宗教の人も多い。

歴史

1492年10月27日、コロンブスは1回目の航海時にキューバに到達した。当時島にはアラワク族やタイノ族がいたが、スペインの植民地化が進むとともに絶滅。同時に砂糖産業、奴隷産業が盛んとなり、キューバはスペインと中南米の中継地点として著しく発展を遂げた。
1511年、ディエゴ・ベラスケスがハバナをはじめ、いくつかの町を建設。16世紀後半から17世紀にかけては、フランス、イギリス、オランダなどの海賊や軍が数回にわたってキューバを攻撃。スペイン側はモロ要塞、プンタ要塞を造り、防御を固める。しかし、1655年にイギリスがジャマイカを征服。その後1762年8月、2ヵ月の戦いのあとハバナが陥落してキューバはイギリス領となる。何とかキューバを取り戻したいスペインは、その後1年も経たない翌年7月6日、フロリダとの引き換えにハバナを再びスペイン領とする。以後、米西戦争までスペイン領となる。

19世紀初め、それまでスペインの専売だった葉巻の販売自由化に伴い砂糖に加えて葉巻の通商でも富を得るようになる。キューバ国内では次第に独立の気運が高まり、1868年10月10日、第1次独立戦争勃発。1895~98年にかけてはホセ・マルティを中心として第2次独立戦争が起こる。混乱のなか1898年2月に米西戦争が勃発。アメリカ側の勝利に終わり、1898年12月10日、約400年にわたるスペインの支配下から脱したが、アメリカの軍政下に入る。
1902年5月20日キューバ共和国成立。1920年の第1次世界大戦はキューバの砂糖産業を再び盛り上げ、当時のハバナはアメリカ人から「カリブ海のモンテカルロ」と呼ばれる憧れの町だった。一部のアメリカ人だけが私服を肥やし、キューバ国民は食べるものすらない差別社会が続く。そのようななか、1952年にクーデターにより親米派のバティスタ政権が樹立し、キューバ国民はますます窮地に立たされることとなる。

バティスタに対する国民の不満が高まりつつある1953年7月26日、フィィデル・カストロは150名の同志とともに、バティスタ政権打倒を掲げて蜂起する。サン・ティアゴ・デ・クーバのバティスタの兵営だったモンカダ兵営襲撃を企てるが、作戦は失敗に終わり、多くの同志が殺され、フィデル・カストロも捕らえられる。この7月26日は現在の革命記念日になっている。しかし、民衆の反感を買ったバティスタは、弁護士でもあったカストロを処刑するわけにはいかず釈放する。そのときのカストロの「歴史は私に無罪を宣告するであろう」という弁論は有名だ。亡命してメキシコに渡ったカストロは、メキシコでゲバラたちと合流。1956年12月、ヨット「ゲランマ号」でキューバ東部に上陸するが、バティスタ政権軍の攻撃を受け山中に逃げ込む。以来、ゲリラ戦を展開しながら勢力を拡大する。1958年にサンタ・クララでバティスタ政権の装甲車を襲撃、多くの武器を奮取する。これにより革命軍が攻勢に転じ、バティスタはドミニカ共和国へ亡命。1959年1月1日、革命軍が勝利を果たす。

カストロ新政権は政治の民主化を唱えるとともに、医療の無料化、教育の無償化、公共施設の是正、土地の国有化、企業の国営化などをすすめ、社会主義国として多くの問題に直面しながらも、独自のスタイルを守り続けてきた。しかし、ソ連崩壊後は孤立した状態となり、アメリカの経済封鎖は極度な物不足へとキューバ国民を陥れた。キューバ政府は、外貨獲得の手段として観光業や輸出に力を注ぎ、現在、それが大きく実りつつある。2008年2月、革命以来キューバ代表として国家評議会議長に君臨してきたフィデル・カストロは、健康上の理由から代表の座を弟のラウル・カストロに譲る。フィデル・カストロは2011年4月に、正式に党第一書記を辞任した。
2009年にキューバと日本は外交関係樹立80周年を迎えた。2010年10月、キューバ政府は革命以来初めて自営規制を緩和。そのため個人事業主になる人が爆発的に増加し、みやげ物や、パラダール(個人経営のレストラン)、カサ・パルティクラル(民宿)などがあちこちで見られるようになる。現在は不動産や車の売買も認められ、市場競争は日に日に激しくなっており、同時に貧富の差も広がっている。

2014年12月、キューバ政府は革命以来、対立していたアメリカとの国交正常化を発表。2015年7月には両国に再び、大使館が開設、キューバとアメリカの距離は急速に縮まりつつある。一方で中国資本が大量に流入するなど、今後のキューバの変革に世界が注目している。

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